薬物中毒のおじさんと出会った【新宿歌舞伎町センター街】
今週も変なおじさんおばさんを探しに都内をうろついていた。
変人の例え(というか冗談)としても頻出の薬中(薬物中毒)の人と出会うことが出来た。
〇薬中おじさんがやってきた【出会いのきっかけ】
僕には毎週決まった曜日に通っている居酒屋がある。歌舞伎町センター街にある5,6人くらいしか入れない小さいお店だ。
そこは曜日ごとに店員さんが変わるお店で、各曜日担当の店員さん一人とオーナーの50代の男性がこじんまりとした場所でにぎやかに営業している。
僕のいく曜日は女性の店員さんの日でお店がいっぱいになることが多い。
なぜか居心地がいいので、狭くて嫌な思いをしてもつい通ってしまう。
今回、話に上げる薬中おじさんの話は去年、そのお店に通いだした頃から聞いていた。
噂だと、おじさんは情緒不安定で、僕の通う店を除くセンター街のお店をほぼ出禁になってしまうような人なんだとか。
店員さんによると、おじさんは2018年に入って一回も来ていないらしい。もう来ないのではないか、というのが店員さん方の予想だった。
20時ごろ、急にそのおじさんは現れた。
〇Mさんという人物【薬中おじさんの人となり】
女性店員さんが出入り口の方に向けて
「あ~、Mさん!」
と言った。
そこには、右目が大きく開いているが左目はつむっているような、特徴的な顔つきの40代くらいの男性が立っていた。清潔感はまるでなく、ホームレスほどではないものの、それに近いものを感じさせる服装で店員さんをじっと見つめている。
てっぺんが少し薄くなった頭に、上はTシャツに土木作業員が着てそうなベスト、下は紺色のスウェット、壊れかけのビーチサンダルを履いていた。若干寒そうに感じる半袖からあらわになった左腕には、謎のメモが手首から肘にかけてびっしりと書かれていた。読み返してもきっとわからないような雑な字で。
男性が店に入り、店員さんと軽く談笑をし始めた。男性は
先日、朝起きたら左腕に注射痕があり、自分でクスリを打った覚えがなかったのだが、
よく考えたら前日に健康診断を受け、その時に採血をしたものだと思いだし、ほっとした、
という話をした。男性の話し方はかなり特徴的などもりがあるものの、内容を理解したお客さんからひと笑い取り、僕とは少し離れた席に座るとその場にいた僕と数人のお客さんに絡み始めた。
男性は僕と、僕の隣の常連客の男性を指さし、
「きききき君らはお笑いコンビを組んだ方がいいよ」
と言った。
なんとも文字にしにくいしゃべり方をする。スキャットマン ジョンを彷彿とさせるどもり方だ。
男性は僕らの名前をきいた後、インクだらけの左腕にメモしたが、10秒後には名前の頭文字すら忘れていた。
どう接すればいいのかわからなかったので最初は狼狽していたが、僕が次第に慣れたのか、話してみよう、という気になった。
そのおじさんは40代の土木作業員であった。名前は仮名でMさんという。Mさんは品川あたりに社員寮がありそこで暮らしている。男性オーナーいわく、以前は歌舞伎町内のニコニコ動画のスタジオに生放送中に乱入し、放送事故をもたらし、警察沙汰になったというエピソードを持っているらしい。
「店に来る前は何をしていたんですか?」
という問いには
「ととっと、うきょたわに行っていた」
と答えた(自転車で東京タワーに行っていたそうだ。仕事か休みかはわからなかったが)。
どもりまくりで滑舌の悪いMさんの”東京タワー”を、男性オーナーが”鳥取”と聞き間違えた。するとMさんは鳥取県の空港が名探偵コナンの作者の青山剛昌の出身地だということで地域おこしをしている話をはじめた。
Mさんはついさっききかれた質問を思い出せないのか、興味が逸れやすいのか、
別の話題があるとすぐそっちに移ってしまう。話の引き出しが多そうだと思ったが、
何をきいてもききたいことの1割ほどしか聞き出すことが出来ない。
きくことときかれること、最初のうちはMさんとその他の人とでキャッチボールのようだったが、Mさんの口が止まらず暴走し始め、キャッチボールからミット打ちに変化した。だんだんMさんの支離滅裂なトークがその場の空気を占領した。
その空気に耐えられず、帰るお客さんが出始めた。Mさんは帰るお客さんを引き留めるかのように絡みに行ったが適当に流されてしまった。「わー!きゃー」など3歳児をあやすような擬音を発して帰る人もいた。
Mさんとの2ショットタイム【薬中と話してみた】
3人ほど帰ると席が変わり、Mさんの隣に僕は座った。清潔感が全くないMさんだが、特に鼻を突くような匂いはしなかった。やはり住居は持っており、最低限の風呂と洗濯はできているのだろう。
Mさんは会って間もない僕に対して
「あなたは素晴らしい人だ!あなたがうらやましい」
と満面の笑みで話し続ける。Mさんはポジティブなワードしか話さない。
「Mさんも素晴らしい人だと思いますよ」
と僕もお返しのように言うと、笑顔のまま少し視線を下にずらし
「俺はいろんな人に見下されてますから!わかるんです」
と笑いながら言った。
あまり話が進まないが口数が多いMさんにたじろいでいると
「Mさんは音楽は何を聴くんですか?」
僕の様子を見かねた店員さんが質問した。Mさんは、尾崎豊を聴く、と答えた。そこで僕は少し悪ふざけがしてみたくなり、
「CHAGE&ASKAは聞くんですか?やっぱりおクスリ繋がりでww」
なんてきいてしまった。笑顔だったMさんは少しむっとした顔になった。
「俺は音楽を聴くのは好きだけど、その人がどんな人だか気にしたことはない」
僕は悔しいがなるほどと思った。
確かにその人の人となりで作品を判断するものではない。おクスリをやっているという人となりだけで、Mさんの考え・価値観含めたすべてをバカにしていたような気がしてそんな自分が少し恥ずかしかった(もちろん、違法薬物を使うことは蔑まれるべき行為だが)。
それから話は変わり、Mさんが僕に質問をしてきた。
M「なにかやりたいことはないの?」
僕「お金持ちになってやりたいことならあります」
M「じゃあそこまでの過程は?」
僕「逆算するしかないんですよね、考えが甘いですかねww」
M「じゃあざっくりでいいけど、これから何がしたいの?」
僕は死ぬまでに生きている状態の古代魚シーラカンスを見てみたいという願望があった。ちなみに生きているシーラカンスを肉眼で見た人は、宇宙から地球を見た人より少ないらしい(ナショナルジオグラフィックいわく)。もちろん、シーラカンスで生計を立てるつもりもなかったが。
僕「他の人が見たことがないものを見てみたい、ですかね」
クサいことを言ってしまった。言った後、急に恥ずかしくなったが、Mさんは少しも茶化すことなく、
「すすすごいじゃない!それ!」
と驚きと感動が混じった表情で僕に返してくれた。
別に海底探索が僕の人生の夢というわけではないが、ざっくりとしか言っていない僕の夢を笑わずに聞いてくれたことがなぜか嬉しかった。
「あなたなら必ずやれるよ!大事なのはハートだよ!」
そう言いながら右手の親指で、心臓ではなく大腸の方を指していたMさんの姿が印象的だった。
それから3分ほどするとMさんは会計をし、店を出る準備を始めた。スウェット、ベスト合計6つのポケットすべてに小銭、お札、レシートなりが入っており、ポケットを探り探り会計金額を見つけ、支払い、他のお客さんに少し絡んでから帰っていった。
〇Mさんと違法薬物
「Mさん、きっと根はいい人なんだよね。基本的に悪いこと言わないし。自信持たせる自己啓発系の言葉が多いけどw」
女性店員さんが言った。全く同意だった。
僕はふと、違法薬物に手を出す前のMさんに会ってみたかった、と思った。
勿論、違法薬物の使用は褒められたものではないし、蔑まるべきことであるとは思う。
更には今の人格も、違法薬物によって形成されたものかもしれない。でも、僕はMさんを違法薬物へ誘った人、違法薬物を売った人がいることに腹が立っていた。
Mさんが帰った後、なぜか僕は疲れていた。夜は昼夜逆転をしていない限りは疲れたり眠くなるものではあるが、いつもよりどっしりとした疲労感が僕に乗っかっていた。
違法薬物は道徳的によくない、そんな感覚でしかなかった。
「キャバクラ・ホストのお店が閉店したから、そのお店が所有してた違法薬物を譲ってもらえた」
「クラブで黒人からもらった」
そんな経緯で使用経験がある人が僕の周りに両手で数えられるくらいにはいた。そんな話を聞いても、使うも使わないも個人の自由、逮捕されるもされないも個人の自由、くらいにしか思っていなかった。
芸能人の薬物関連のニュースでも同じだった。酒井法子、清原、ASKA、清水アキラの息子だって特に何も思わなかった。テレビの出演情報をチェックしては出演番組を視聴していた高部あいが逮捕された時も同じだった。なんなら田代まさしの時はむしろ笑ってすらいたと思う。薬物でしか解消できないような悩みを抱えているんだろうなぁ、
せめて、ばれないようにやればいいのに、程度にしか思わなかった。
テレビのドキュメンタリー番組などで薬物中毒から回復するための施設に通い、
治すための努力をしている人も見たことがある。反対に、施設に通わず、奇行などで近隣住民に迷惑をかけ続けている人もいると思う。
だから、Mさんは頑張っている人だ、と言いたいわけでもないし、まして、薬物中毒者の偏見をなくそうとか考えたわけでもない。単純にこの話を誰かにしたくなっただけで。
Mさんと僕が写った、ブレブレのセルフィーが僕のスマホのカメラロールに保存されている。写真を撮り慣れていない僕が撮ろうと提案したものだ。Mさんは笑顔で了解してくれたが、写真の中のMさんは少しも笑っていない。
僕には見せなかったMさんの悲しげな表情を僕のスマホは見逃さなかった。